反射

river


先日、豊田市美術館で開催されている、
アラーキーこと荒木経惟さんの写真展「往生写集」を見てきました。
これがまた、非常に良いものでした。
恥ずかしながら自分はこれまでアラーキーの写真を展覧会では見たことが無く、
それどころか写真集も数えるほどしか見たことがありませんでした。
その独特の世界観を凄いと思う一方で、
自分が好む写真の傾向とは違うような気がして、どこか遠慮していたのかもしれません。


しかし今回、豊田市美術館という近場で大規模な展覧会が行われることを知り、
この機会に!と足を運んだ次第でした。
前述したようなイメージを持っていた自分でしたが、
展覧会を見た後では自分はすっかりアラーキーのファンになってしまったような、
それほど衝撃的で素晴らしい展覧会でした。


往生写集は「顔・空景・道」をテーマにしており、
アラーキーのデビュー作ともいえる、下町の子どもを写した「さっちん」シリーズから、
最新作まで、
アラーキーの作品世界を総括するような内容になっています。
また、アラーキーというとやはり「エロ」のイメージが強烈にあるわけですが、
今回の展覧会では「Aの愛人」シリーズでその片鱗が見えるぐらいで、
殆どの写真が直接的な表現はなく、それが却って新鮮でした。
なので、多分家族とかで見に行ってもそれほど気まずくはならないのではないでしょうか…笑
それどころか、恋人同士なんかでいくととても良いと思いましたよ。


どのシリーズにも圧倒されるものがありましたが、
自分が一番感じ入ったのは、やはり「センチメンタルな旅」「冬の旅」。
これまで様々な写真展に行ったことがありますが、
思わず涙を流しそうになったのははじめての経験でした。
アラーキーの愛した妻、陽子さんとの新婚旅行を写した「センチメンタルな旅」、
その約20年後、病気を患い亡くなる瞬間を写した「冬の旅」。
それらの写真にはアラーキーの陽子さんへの深い愛情と、
それゆえの大きな悲しみが宿っていて、
写真を超えて伝わってくる強烈さがありました。


展示会場では「センチメンタルな旅」での序文としてアラーキーが書いた
俗に言う「私写真家宣言」が壁に描かれています。
「写真家としての出発を愛にし、たまたま私小説からはじまったにすぎないのです」
「私は日常の単々とすぎさってゆく順序になにかを感じています」
の言葉のとおり、「センチメンタルな旅」「冬の旅」は一切の演出もなく
(少なくとも見ている側はそれを感じません)、
本当に淡々とアラーキーと陽子さんの間に流れる時間を写したものなのですが、
それゆえの無常観、切なさがあります。
アラーキーの眼を通して、
自分にもいつか愛する人との別れが必ずやってくるのだと
改めて気づかされるのです。
展示をいったん最後まで見てからまた最初から一周したのですが、
二度目でも泣きそうになりましたからね(笑
凄い写真です。


当然、それ以外の写真も凄い。
「さっちん」なんて本当に写真の中から子どもが飛び出てくるような迫力があったし、
母と子を写したシリーズはみんなとんでもなく良い顔をしていて唸らされ、
最新作の道を写したシリーズや割れたレンズで撮影をしたシリーズでは
今なお挑戦を続ける姿勢に感動しました。


アラーキーはもう74歳。
昨年より右目が見えなくなってしまいました。
往生写集の展覧会記念本の巻末では
もし来年も生きていたら次は「浄土写真集」だ、
なんてアラーキーお得意のダジャレをかましていますが、
いやいや本当にもういい年です。
今のうちにアラーキーの写真をしっかりと堪能しておこう、と思ったのでした。

2 Comments

  1. 返信
    Tak 2014年6月25日

    見て来ました。凄かったです。何という力・・・!

    • ほし 2014年7月13日

      返事が遅れてしまい、申し訳ありません!
      しかし本当にすごい写真展でしたよね。
      写真の持つエネルギー、パワーを見せつけられたように思います。

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