一歩

go to the future



以前法事で実家に帰った際、
お坊さんに自分の作った写真集を見て貰ったことがありました。
そのお坊さんは写真についての造詣が深く、
MamiyaのRB67や大判カメラのカンボを使い、
仏像や寺社を写真に撮られていたそうです。


そのお坊さんが自分の写真集を見ながら
色々と話してくださった内容が印象的で、
中でも
「この写真の多くが、パッと見た綺麗さということではなく、
なんだろう?ということを見ている人に投げかけていますね」
というようなことをおっしゃっていたのをよく覚えています。


また、自分の中では割と好きで気に入っている写真なのですが、
残念ながら周りからはあまり褒められたことがない(強く印象に残らない)1枚がありまして、
その写真についてお坊さんが良いと言ってくださったのが嬉しかったですね。
それも上の言葉同様、パッと見た綺麗さは殆どないような写真だったのですが、
それを撮影した時、何故か自分が気になってしょうがなかったのでシャッターを切ったことを覚えています。
今の自分が撮りたい写真は見た目の美しさ、綺麗さだけでない、
なにか写っているものの奥に潜んでいるような気配がする、そんな写真が撮りたいと思っています。
ちょうどそんなことを考えていたので、
お坊さんの言葉を聞き、どこか言い当てられたような気がして驚きました。


ところで、写真というのは撮り手の一種の欲望のようなものを形にする作業だと思っているのですが、
そうなると、お坊さんの写真というのはどのようなものになるんでしょうかね。
煩悩にまみれていたらお坊さんなんて職業は出来ないわけで(生臭坊主除く)、
お坊さんというのは僕たちに比べて欲望というようなものが少ない方々だと思う訳です。
そんなお坊さんが撮る写真は、どのようなものになるのでしょう…。


もしまたあのお坊さんに会う機会があれば、
その時はお坊さんの撮った写真を見せていただきたいなぁと思ったのでした。

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